スウェプト・アウェイ

常日頃「ガイ・リッチー大好き!」を公言する身でありながら、今まで怖くて観ていなかった「スウェプト・アウェイ」をついに、ついに観た!

(監督ガイ・リッチー、製作マシュー・ヴォーンのコンビで作った(現時点では)最後の映画やでえ)

なぜ今まで怖くて観ることができなかったのか。説明するまでもないかもしれないが一応書いておくと、とにかくこれめちゃくちゃ評判の悪い作品なのだ。賛否両論、というレベルではなく、「ダメ映画」の刻印をしっかりおされてしまっている(気がする)。ガイ・リッチーの迷走はこの映画から始まった——こんな文章をこれまで何度目にしてきたことか。

ダメ映画認定されてしまった最大の理由は、やはり「マドンナを主演に据えたこと」だろう。当時マドンナはガイ・リッチーの妻だったため、その公私混同っぷりがイタいと言われた。もちろん自分の配偶者や恋人を主演にする監督は他にもいくらでもいるし、公私混同であろうと役者としてちゃんと仕事ができていればいいのだが、マド様は昔から演技面では全然信頼されていない人で、それが問題だった。唯一「エビータ」での演技は高評価を得ているが、それ以外はまともな評価をされていない。本作での演技も酷評。また、このときすでに40代半ばだった彼女がセミヌードを披露したことにも批判が多く、「魅力のない胴体を晒すのは犯罪」とまで言われ、さんざんに叩かれてしまった。さらにガイ・リッチーの監督としての仕事も評価が低い。演出が平坦とか緊張感がないとか。そんなわけで、本作は「ガイ・リッチーのキャリアを狂わせ始めた失敗作」として位置づけられ、03年のラジー賞では最多5部門を獲得してしまった。いや、ラジー賞でダメ映画認定なんて別に気にすることじゃないよ。でもやっぱ怖くて手が出なくなるよね!

しかし、一応一番好きな監督の作品であることには間違いないわけだし、いずれ観なきゃなーとは思っていたので、いいかげん覚悟を決めて観ることにした。近所のゲオでは探しても見つからなかったので、ちょっと遠出してツタヤで。ゲオより高い。悔しい。

そしてついに、アチャーと頭を抱える準備万端で観賞!

したのだが……………………

いや、これ出来は全然悪くないぞ。もちろん、ハードルを地面につくまで下げて観たという前提あってこそだが、それを差し引いたとしても普通におもしろくないか。観ていて苦になることはなかったし、なかなかちゃんと出来た映画だ。駄作ってほどじゃない。ただ、ツッコみたいところはいろいろあるけど。

まず、なぜこの話を撮ろうとしたのか問い詰めたい。この話って、どんな話かというとこんな話。

上流階級のマダム、アンバー(マドンナ)は、友人たちとクルーズ旅行中。夫との仲は冷めきり、不満に満ちたアンバーは、その怒りを船員のジュゼッペ(アドリアーノ・ジャンニーニ)にぶつける。高慢なアンバーに嫌悪を抱くジュゼッペ。ある夕方、無理やりジュゼッペにボートを出させたアンバーは、ボートの故障と激しい嵐にあい、無人島へと流れ着く。金も権力もない島で、アンバーはジュゼッペの下僕となって食料にありついた。しかし、逆転した2人の関係は、いつしか微妙に変化し始める…。
(goo映画)

ベタだ。この上なくベタだ。しかも古い。「ロック、ストック〜」「スナッチ」とスタイリッシュな作品を立て続けに撮った後でこの路線に折れるのは明らかにおかしいだろう。そんでこれ実は1974年の映画「流されて…」のリメイクなのだが、いやなんでリメイクしたんだ。イギリス期待の新人監督がやるものじゃないんじゃないか。しかもマド様主演でやるってさすがにちょっとどうかしてるっていうか、天然にも程がある(この人の欠点って「天然ゆえのバランス感覚の欠如」なんだよね)。無人島の浜辺でマド様とラテン系濃い顔男子がイチャついたりするんだから。それはまあ評価低くなるよなあ。

でも、このベタ〜なラブサスペンスをリッチー流に見せる試みはちゃんとやってる。特にクルーザーが舞台になっている前半はリッチーらしいカット割りが光る場面がいくつか。数個のシーンをテンポよく繋げ、普通なら時間をかけなければ説明できないことを一瞬で見せてしまえるのは、スピーディーな演出を得意とするリッチーであればこそだ。またリメイク元からどれほどアレンジを加えているかわからないが、リッチーらしいユーモアセンスは随所に窺えたし、庶民である船乗り連中は「ロック、ストック〜」のボンクラ達みたいな愉快なキャラクターをしている。このカット割り、ユーモアセンス、ユニークなキャラの3つがうまいこと機能しているのが、クルーザーの厨房での場面だろう。マド様演じる夫人にいびられた船乗りが厨房に来て愚痴をぶちまける、そういうシーンがいくつかあるのだが、そのときの船乗り達のやりとりがさりげなくおもしろい。でもそれって、結局リッチーはお金持ちが優雅に船旅する様子よりも、庶民の男達を撮るほうが断然うまいってことを意味してしまうんだけど。

彼の演出方法って、やっぱりロンドンの重たい灰色の空とストリートのボンクラ達を撮るのに向いている。地中海の美しい風景をあの手法で撮るのは難しい。そういうわけで、最後までリッチー流でいくのはできなかったのだろう。無人島に流されてからは、時折リッチーらしいユーモラスな描写はあるものの、最終的にはベタに落ちざるを得なくなっている。でもベタな演出もヘタクソではなかった。むしろ、テンポよくものごとを見せるのはうまい人なので(テンポよすぎちゃってわけわからんこともあるが)、若干ヌルくはあったが、コンパクトに綺麗に仕上げられていたと思う。まあディテールをもう少し頑張れればなあという気はするが、現実味が薄い(話の進行があまりに滑らかなのだよね)のにやたらいい雰囲気だけ作ってるところとか逆におもしろいではないか。それにやっぱ私この「ベタな話を自分流に見せようとして、でもやっぱり噛み合わなくて最後はベタに落ちちゃう」っていう天然なリッチーさんらしさをどうしても愛らしく感じてしまうのよね。これはもう好きだからしょうがない。でも贔屓目なしに見ても、悪い出来ではなかった。「ロック、ストック〜」のガイ・リッチーを求めたらそれは腰抜かすけど。普通のラブサスペンスとして観れば、特別よくもないがそれなりにおもしろいと思う。

そしていよいよ問題のマド様についてだが、確かにルックスのコンディションは悪かった。明らかにワークアウトに失敗しているのがわかる。筋肉がつきすぎだし、しわも気になる。もっと綺麗なときもあるのに。しかし、そんなあまり美しくない奥様を監督が好きだからという理由だけで延々撮り続けるプロモーションビデオかというと、それは違った。これはマシュー・ヴォーンにも言えることなのだが、リッチーって身内に対してドSな人だと思う。「スナッチ」でもマド様の曲を「ちょっとカッコ悪い」というセリフがあったし。そもそも、今までトップに登り詰めるためなら何でもやってきたマド様に「男に服従しなくてはならない屈辱を味わう」役をやらせるという時点でかなりSじゃないか(これ妻だから女だからこういう役にしたわけではないと思う、身近な人を使うときリッチーはいつもこうだから)。と同時に、マド様の魅力を活かすこともちゃんとやっている。例えば、船乗りがマド様が美しく着飾ってバンドをバックに歌い踊る姿を想像する場面ではマド様のパフォーマーとしての力量が見えたし、マド様と船乗りが物真似をやりあって何を真似しているか当てるゲームをする場面ではマド様のお茶目でキュートな面が見えた。マド様の演技も、最初はわざとハズしてるのかヘタなのか微妙なラインをついてくるのが気になってしょうがなかったが、後半はうまいこと映画に馴染んでいたと思う。まあ上手とは言えないが、そこまで悪くもない。違う人が主演でもそんなに変わらないんじゃないかなあ。マド様が裸同然のかっこで男とイチャつくベタなラブサスペンスなんて観たくないよという人が多いのはわかるけども。

結論としては、リッチー映画としてリアルタイムで観たらどう考えても失敗作だけど、年月が経って映画単体で観ればそんなに悪くない。おもしろいかつまらないかで言えば、普通におもしろかったよ。「リボルバー」みたいな意味不明の映画じゃなくてよかった。