シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム

「好きな監督は?」と訊かれたら、まずはガイ・リッチーと答える私ですから、もちろん初日に観に行きましたよ。脚注だらけでごめんなさい。

前作が「おもしろい、けど……(←ここに言いたいことがいっぱい!)」みたいな微妙な出来だったので多少の不安も抱えつつだったのだけど、いやあ、よかったです。贔屓の監督だからといった譲歩なしにおもしろかったと言えるし、やっぱりガイ・リッチー好きだなあと改めて思って何故かじんときた。

ガイ・リッチーはよく「中二病監督」と言われるけれど、実際のところ彼は「小4男子」だと思う。小4男子というと、日々何かおもしろいことや胸高鳴る冒険を求め、仲間たちとバカなことをやりあっている、そんなかんじだろうか。リッチー映画には、そういう屈託のない男子小学生的マインドが流れている*1

リッチーの小4男子マインドは、世界一有名な探偵小説をアクション満載の冒険活劇に書きかえた、この「シャーロック・ホームズ」シリーズでも健在だが、今作ではその点が前作にも増して強化された。何せ今回はロンドンを飛び出して、ヨーロッパを股にかけた闘いを繰り広げるのだ。敵はホームズに並ぶと言われる天才、ジェームズ・モリアーティ教授。モリアーティはその明晰な頭脳を用いて、自分の痕跡を残さぬよう各地で事件を起こし、世界を危機に陥れようとしている。その陰謀をどうにかして阻止しなくては!——こうやって聞くと、ワクワクするよね。たとえ小学生じゃなくたって、男の子じゃなくたって、これからホームズとワトソンが冒険の世界に連れていってくれるのだと思うとワクワクする。

リッチーといえば、これまで男たちが集ってワイワイやっているホモソーシャルの世界を撮ってきたけれど、その「男たち」は基本的にリッチー自身や彼の仲間の分身であると考えてよいと思う。主演俳優たちはみんなリッチーと同世代であるし*2、彼のキャラクターへの愛情はまるで友人たちへのそれのよう。リッチー自身語っているように、彼が描く男たちの世界は、自分がその一部であると感じられる、彼にとってとても自然なフィールドなのだ*3

それはこのホームズシリーズでも然り。ホームズとワトソンの冒険にリッチーはきっと自分自身を投影させているだろう。リッチーは映画に「現実とは違う、ちょっと変わっている世界*4」を見たいそうなのだけど、そんな映画の中だけの世界を躍動する彼の分身たちに、日常にはないドキドキワクワクを求める彼の無邪気な遊び心が映し出されている。この無邪気さが彼の娯楽映画作家としての資質であり、大きなチャームだと思う*5。今作は前作以上に小4男子マインド溢れるアドベンチャー度が上がったことで、彼本来のハイテンションな個性が炸裂している。迷走した時期もあるけど、今も根っこにあるものは「ロック、ストック〜」の頃と変わらない。それがとにかく嬉しかった。

予告から想像していたようにアクション映画としての趣が更に強くなっているのだけど、それに伴って前作からお馴染みの変速するアクション演出やホームズの頭の中を視覚化した"ホームズ・ヴィジョン"もパワーアップした。このクセのある演出には好みがはっきり分かれると思うのだけど、元々リッチーの映像センスが好きな私は大いに楽しんだ。特に"ホームズ・ヴィジョン"を活用した観察/推察シーンでの素早い情報処理の気持ちよさ。細かくカットを割り、ポンポンポンとアイテムを並べるだけで、謎が解けてしまう。前作も速かったが、今回は更に速い。これを極めるとどこまで速くなるのか、そこにはすごく興味がある。

一方、見所であるド迫力のアクションシーンは火薬も銃器も大増量の大盤振る舞いながら、ちょっと間延びした印象を受けたのも確かだった。観賞後の気分に似ているのは、満腹感と食べ過ぎの間の、あの何とも言えない感覚だろうか。あの森のシークエンスはあと数十秒短くてよかったと思う。スピーディーな進行との間で少しギクシャクしてしまったのはもったいなかったかな。

前作よりもグレードアップしたのは、アドベンチャー度や"ホームズ・ヴィジョン"だけじゃない。「ブロマンス(=ブラザー+ロマンス)」、もといホームズとワトソン、二人の男のイチャイチャっぷりだ。前作の段階ですでに彼らの公然イチャつきは目に余るレベルであったが、今回のそれはもう何と言ったらいいのだろう。「いろんなところでブロマンス映画って言われているらしいんで、じゃあ正面きってブロマンスやってみますわ!」で作ってみたら、それ正面きりすぎだよ!あからさますぎるよ!となったかんじだろうか。

ホームズのワトソン好き好き光線は周りに誰がいてもお構いなしに放たれ、一見それを迷惑がっているようなワトソンも実際は誰よりもホームズを気にかけ、常に彼をサポートしている。互いの口から発せられるロマンチックな言葉の数々。この人たち、いったいランタイム128分のうち何回プロポーズしていただろう。ここにあるのは、もはや妄想の余地すらない、ブロマンスの一つの完成形ではないだろうか。90年代から男同士の絆を描いてきたガイ・リッチー先生が昨今流行りのブロマンスに公式声明を出したら、ここまでやれてしまうのだという事実にただ震えるしかない。リッチーが作り出すホームズとワトソンの関係は、セクシャルであっても決してセックスには繋がらない、究極にはプラトニックなもの。だからこそどこまでもロマンチックだ。

もちろん、これだけ魅力的なブロマンスを描けたのは、ホームズとワトソンを演じるロバート・ダウニーJr.とジュード・ロウのケミストリーがあってこそ。シリーズ2作目とあって、そのコンビネーションには安定感が生まれた。息のぴったりあった言葉の応酬の心地よさはは本当に長年の親友のもののよう。仔犬のような潤んだ瞳にワトソンへの愛情をめいっぱい滲ませたダウニーはなぜだか愛さずにはいられないし、荒唐無稽なダウニー=ホームズと対照的に英国男子の紳士然とした佇まいとタフガイっぷりを同居させたジュードは本当にはまり役。二人はカメラが回っていないときも仲良しだそうで、ダウニーによれば、彼のジュードへの思いはホームズのワトソンへのそれに重なるのだとか*6。公式よ、サービスしすぎだよ。

ホームズの宿敵モリアーティを演じたジャレッド・ハリスは、穏やかで紳士的な貌に時折不気味さや野蛮さが現れてよかったのだけど、ホームズとワトソンのイチャイチャを至れり尽くせりな贅沢仕様にしたぶん、対立する男二人*7にまで手がまわりきらず、その魅力を活かしきれなかったのが残念なところ。とはいえ、シューベルトの「鱒」の使い方や武器工場でのホームズとのやりとり(エロティック!)など、見所は少なくない。スティーヴン・フライ演じるシャーロックの兄、マイクロフトのエキセントリックさも、サクサク展開する物語の小休止的にホッと笑えてよかった。

ガイ・リッチー映画といえば、女性の登場人物が極端に少なく、ほとんど物語に絡んでこないのも特徴の一つ。確かに、女子キャラへの愛着は男子キャラへのそれとは比べものにならないほど弱いし、それはホームズシリーズにおいても変わらない。今作に至っては、ホームズとワトソンのそれぞれの相手役(二人にはそれぞれ愛する女性がいるというのがまたおもしろい)を早々に本筋から離脱させ、更にその上で主人公との間にロマンスの生まれない、互いの目的のためだけにチームを組むヒロインが置かれている。けれども、彼女たちが魅力薄かというとそんなことはないと思う。女子キャラクターたちは完全に男たちの外に置かれているけれど、作り手から距離があるぶん逆に個々が自立したかっこよさを獲得しはじめているように感じる。レイチェル・マクアダムスケリー・ライリーノオミ・ラパスのそれぞれが異なる要素を持った女性をサッパリ演じているのがいい。

前作でも光っていた美術や衣装、音楽も素晴らしく、それらを目当てに観ても十分に楽しい。ただ舞台がヨーロッパに広がったぶん、相対的にロンドンの景色が減ってしまったのは、前作に見られたヴィクトリア朝の猥雑さと活気に溢れるロンドンが好きだった身には少し寂しい。今回ヨーロッパの広々とした大地を馬に乗って駆け抜ける場面があったけれど、それを見ているとリッチーはアメリカ人だったら西部劇を撮っているんだろうなあと思った。元々「明日に向かって撃て!」に強く影響を受けているらしいし。そう考えると、そもそもリッチーはヴィクトリア朝という時代を、イギリス人にとってのアメリカ西部開拓時代のようなものとして描いているのかもしれない。

無駄に長い文になってしまったけど、最後に一つ余談。今回ホームズとワトソンは本拠地ロンドンを離れ、国際的な活躍を見せるわけだけど、それはもはや探偵というよりスパイのようであった。事実、リッチー自身が007からの影響を認めている。男二人の関係が軸になった、007風味のアクション映画……と言ったら、否が応でも思い出すのはやっぱり昨年の「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」なわけで、ガイ・リッチーとマシュー・ヴォーン周辺に関心のある人間はどうにも反応してしまう。かつては監督・製作コンビを組み、「ロック、ストック〜」や「スナッチ」といった名作を放ってきた盟友二人は、袂を分かちた今も互いを意識しているらしい。そのわりにメディアには今の関係や互いをどう思うかなどの発言はしていないらしいのがおかしいのだけど、まさか二人とも映画を通してメッセージを出しているのだろうか。だとしたら早いところ復縁して、二人で007を撮ればいいじゃない、と私は思うのですが。

*1:これは元相棒のマシュー・ヴォーンの作品群にも通じるマインドで、そもそも二人が意気投合したのはこういう気質が関係しているんだと思う

*2:生年は、ガイ・リッチー:68年、ロバート・ダウニーJr.:65年、ジュード・ロウ:72年、ジェイソン・フレミング:66年、ジェラルド・バトラー:69年、ジェイソン・ステイサムは公称72年だけど本当は67年らしい、謎

*3:本作のパンフレットのインタビューより

*4:同じくパンフレット内のインタビューより

*5:このへんも元相棒のマシュー・ヴォーンに(ry

*6:またまたパンフレットより

*7:この点ではマシュー・ヴォーンに軍配