ミラーズ・クロッシング

こないだの会合でいただいた「ミラーズ・クロッシング」のDVDを観たよ。これもコーエン兄弟作品。

DVDのクールなパッケージや↑の画像などから、なんとなくどんな作品かは想像がついていたし、なんといってもvertigoさんが「きっと気にいると思う」と言ってくださったものだから、かなり期待はしていたのだが、いやはやこれはほんとに私好みのかっこいい映画であった。こういう艶やかで色気のあるものはいいよねえ。終始「かっちょええ……!」と唸っていたよ。

禁酒法時代のアメリカ東部を舞台にアイリッシュギャングとイタリアンギャングの抗争を描いた作品。この時代設定でギャングものというだけで、「かっこいい!」とテンションが上がってしまう私の単純さ(笑)。でも同じようにテンション上がっちゃう人いっぱいいるよね。

ギャングといえば、スーツに帽子に太い葉巻。これぞ完璧なファッション。こういう格好が様になる男優さんは好きにならざるを得ない。本作の主人公を演じたガブリエル・バーンもそう。終始気だるくクールな佇まいがとってもセクシーだった。ちょろっと髪が垂れたりするとますますセクシー。なんかこう、いやらしさギリギリの色気が目にある人っていいよね。それから、主人公と固い絆で結ばれたアイリッシュギャングのボス役、アルバート・フィニーがガウン姿で葉巻をくわえてマシンガンを撃ちまくるのもかっこよかった。このシーンではアイリッシュ民謡の名曲ダニー・ボーイが流れるのだが、こういうこだわりの見える音楽使いは流石コーエン兄弟、流石カーター・バーウェル(コーエン兄弟作品の音楽を一貫して担当)だよなあ。他のシーンでの音楽も渋くてよかった。さりげないけどちょっと琴線が震えちゃうかんじ。

美術/映像もすごくスタイリッシュで美しかった。本作の撮影監督は、私がコーエン兄弟作品を観るといつも「この人の撮影最高!」とうるさく言っているロジャー・ディーキンスではなくて、コーエン兄弟最初期の3作を手がけたバリー・ソネンフェルド。ソネンフェルド仕事も素晴らしいね。全体的にトーンは落として渋めの画を作っているんだけど、同時に艶もあって、今ではない時代/ここではない世界を魅力的に、妖艶に作り上げている。またクライマックスの「ミラーの十字路」のシーンは、穏やかな色調の富士フィルムで撮影し、天候はぼんやりとした曇天でなくてはならないとかなりこだわっていたそう(撮影日は運よく曇天)で、それだけにたいへん美しい映像になっている。

コーエン兄弟というと、やはりサスペンス色の強いシュールなオフビートコメディのイメージが強くて、「変な映画だなあ」とは思っても「かっこいい映画!」と思うことはあまりないんだけど、本作は硬派で無骨でまっすぐにかっこいい。「ハードボイルドなかっこよさ」をこんなふうに普通に、捻らずに押し出した(というか、かっこよさをその作品の中心に置いた)コーエン兄弟作品は初めて観た。でも、これはツイッターでフォローさんに教えてもらったことを援用しつつ書くんだけど、この「無骨さ」ってイレギュラーでは決してなくて、コーエン兄弟作品の根底にはずっと流れているものなんだよね。ちょっとハズしたサスペンスコメディ(意味不明なジャンルだが)を撮るためには、まず無骨なクライムがベースにあってこそ。硬派なものがちゃんと撮れて、それを基盤にしているからこそ、そこからシュールなユーモアを加えてズラしていける。だから、無骨なクライム映画である本作はコーエン兄弟映画の基本型といえるんじゃないでしょうか。

しかし、硬派な作品だからといって、コーエン兄弟らしいシュールなユーモアセンスがまったくないかというとそんなことはなくて、例えば殺されたギャングの頭から子供がカツラを持ってっちゃうところとかイタリアンギャングのボスの太った妻と息子とのやりとり(自分で息子殴っといて、泣き叫ぶ息子に「誰だ殴ったのは!」って言っちゃうボス)とかは実にくだらないギャクになっていておもしろかった。ヌルいアクションシーンも明らかに確信犯でやっていて(あの間はなに!笑)、そのユルユルっぷりにはつい笑ってしまう。また、後に「コーエン兄弟組」と呼ばれる役者達が多く出演しており、彼らの演技がコーエン兄弟作品独特のクセを生んでいてよかった。特にセコいチンピラ役のジョン・タトゥーロが素晴らしく、「ミラーの十字路」で命乞いをする演技は「迫真」という言葉じゃ表しきれない、切迫したかんじとそんなときでもしっかり現れるセコさとズル賢さが入り交じっていてすごい。スティーヴ・ブシェミの早口も可笑しくて、この人流石だなーと改めて感じたし、ほんのちょっと出ているフランシス・マクドーマンドも、たいしたことしてないんだけどなんか気になっちゃった。監督3作目ということもあってか、全体的に見ると他のコーエン兄弟作品よりはクセがないのだが、「らしさ」はちらほら見える。

最後に、本作には私が今まで観たコーエン兄弟作品と違う点が一つあって、それは「世界の流れの中では無力で滑稽な人間」を描いていなかったということなんだけど、そのことについて少し。

※この下の一段落はネタバレ気味

コーエン兄弟って「世界は大いなる力が動かしていて、人間はその流れに逆らえないし、その人間の意思に関係ない唐突の出来事によって人生なんて簡単に狂ってしまう(逆もある)」という考えを持っている人達だと思う。それゆえ、彼らの作品の登場人物達は意図せず起きた偶然の出来事やつまらないちっぽけなことから身を落としていくことが多い。「ファーゴ」とかまさにそうだ。しかし、本作の主人公は、細かな計画をもって自らの意思で行動をとっている。途中、計画からはずれたことや予期せぬ事態も起きるが、そのために身を滅ぼしはしなかった。残酷な世界に巻き込まれることも、大いなる力に救われることもなく、彼は最終的には自分の力で決着をつける。これってコーエン兄弟作品にはなかなかないことじゃないかと思う。自分の力で何かを成し遂げるという(その点「トゥルー・グリット」にも通じるが、本作は頭脳戦なのでより主人公の力が大きく感じられる)。まあ、最後に主人公が大切なものを二つ失うのは、「何かをすれば必ずその代償を払わなくてはならない」ということで、それは結局「大いなる力には逆らえない」の思想の延長なのだが。ただ、個人のもつ力の大きさが他のコーエン兄弟作品に比べると大きかったとは思う。

というわけで、本作は今まで観たコーエン兄弟作品とは少し趣の違う、色っぽくてかっちょいい映画だった。もう少しテンション高ければ「死ぬほど好き!」の領域に入ってきたと思うけど、コーエン兄弟作品は基本低温なのでね。でもかなりツボをついてくる作品で好きです。vertigoさんには趣味を完全に把握されている気が……。いやもうほんとありがとうございます。