アメリカン・ビューティー/既に語り尽くされているでしょうが、本作における「赤」について語りましょう

アメリカン・ビューティー」とはバラの品種の一つである。色は真紅で、発祥の地はアメリカ合衆国。映画の中でこのバラは様々な意味を持っている。例えば「豊かな家庭の象徴」としてキャロラインが自宅の庭に赤いバラを栽培し、「官能の象徴」としてレスターの妄想の中でアンジェラと共に赤いバラの花弁が登場している。

また、アメリカの中流家庭の崩壊を描いた映画に「アメリカの美」という題名をつけることで、アメリカ社会に対する強烈な皮肉を利かせている。
(Wikipedia)


はい、というわけで観ました、「アメリカン・ビューティー」。


マルコヴィッチの穴」の感想のときにも触れた、「ゼロ年代アメリカ映画100」という本。私は購入もしていませんし(値段的に今はちょっと手が出ない)、あそこに載っている作品なら全部名作とはもちろん思いませんが、やはり一つの指標にはなるかなあと思い、とりあえずあの100作で未見のものは全部チェックしてみることにしました。そういうわけで今回その100作から選んだ作品が、サム・メンデス監督の「アメリカン・ビューティー」です。陽気に切ない、明るく狂った映画。ラスト30分は胸の奥にある何か(美しいか醜いかの判別もつかないもの)をギューッと掴まれるような感覚になりました。



この作品で象徴的に使われている色は「赤」。あの印象的なアメリカン・ビューティーの色。真紅。Wikipediaからの引用には、薔薇が象徴的に使われていると書いてあるが、象徴は薔薇だけじゃない。「赤」という色自体が、この作品が描き出す「明るい狂気」の象徴。

主人公レスターの妻キャロラインが家を掃除する場面で着ている下着のようなワンピース
レスターがキャロラインに相談なしに購入した車
レスターのアルバイト先のハンバーガー屋の制服:帽子、ベルト
レスターの家の扉

全部赤い。

この作品は、父と母と一人娘というアメリカの典型的核家族の冷えきった関係、硬直して動きのない均衡状態が、隣人や娘の友人の登場をきっかけにして、ガタガタと崩れていく様をコミカルに綴ったお話だが、登場人物達や彼らを取り巻く状況というのは、実際には物語が始まる前から狂いつつあり歯車が噛み合わなくなってきていたのであって、この作品はその崩壊が加速し完全に崩れ落ちるまでの部分を切り取った形になっている。本作での「赤」という色はつまり、一見明るく普通そうに見える彼らが長年かけて蓄積してしまった狂気、築き上げてしまった中身のない張りぼての象徴なのだと思う。幸せな家族像。ビシネスでの成功。車。庭。幸せに近づいていこうとして、実は大切な何かを失っている。普段は陽気に明るく振る舞っているからこそ、彼らの抱える狂気がより一層強調される。目に鮮やかな「赤」という色が空虚さをさらに際立てる。だから、やたらと色彩鮮やかな映像にも関わらず切なさばかり感じてしまった。登場人物達のちょっと頭がおかしいんじゃないかってくらい高いテンションも。痛々しさばかり増幅させる。これは映画で、ここまでおかしいテンションの人には実際には会ったことはないが、やたらに陽気な人というのは存在する。華やかだが、ちょっと外から押したら一気に崩れてしまうのではないかと思わせる人。誇張されてはいるが、恐らくこれが現代アメリカの姿。この「アメリカの美」という名の作品をイギリス人監督が撮ったなんて皮肉だ。

だから一方で、レスター家の隣人リッキーの「真っ白」な部屋も印象的だった。リッキーの明らかにおかしな行動とそれに相反するような純真無垢さ。彼は「普通」とは違う。彼がビデオに収めた風に舞うビニール袋も白かった。レスターの娘、ジェーンも両親が身につけるようなヴィヴィッドな赤を求めようとはしなかった。逆に純白のリッキーに惹かれていく。

そうすると、「赤」というのは外側は華やかだが中身は伴わないものの象徴として、否定的にばかり捉えがちになるが、果たして本当に「赤」は何の意味もないものとして、中身のないものとしてしか描かれていないのかというと、そうとも限らないのではないかと思う。アメリカン・ビューティー、「アメリカの美」という名の薔薇はやはり美しい。このタイトルは皮肉であると同時に、まさしくその文字通りの意味で「美しさ」を表しているようにも思う。薄っぺらなアメリカン・ビューティー、と切り捨ててしまうだけではたぶん間違っている。赤と白のコントラストは恐らく、価値観の違いを対比させる程度の役割だと思う。レスターが、キャロラインが築き上げてきたものが本当にこれっぽちも意味のないものだなんて、そんなことはないだろう。

基本的には陽気に痛い人間ドラマをシニカルに描いていく本作だが、サスペンス的な側面からも話を動かしているのがおもしろかった。ラスト30分は緊張感たっぷりで、一筋縄ではいかない展開になっている。単純にサスペンスドラマとして観てもおもしろいというのがすごくいい。

本作を観ていて一番「やられたなー」と思ったのが、レスター家崩壊のきっかけになる、ジェーンの友人アンジェラ。彼女は要するにマセガキで、「男はみんな私に注目するの」とか言っちゃうかんじのギャルなんだが、そういう役にしては童顔で化粧もちょっと似合っていない。他に適任者がいたのでは?などと思ったのだが、実は「幼い顔に似合わない化粧」にも意味がある。彼女も普通の女の子だったということ。「赤」の立場に見えた(といってもほとんどレスターの妄想の中にしか登場しないけど)アンジェラにも、「白」の部分がある。なんとなく、彼女こそ赤と白の入り交じった最も複雑な人物のように思える。「アメリカン・ビューティー」を体現しているのは、やはりアンジェラか。

この作品でアカデミー主演男優賞を獲得したケヴィン・スペイシーの演技はやっぱり素晴らしかった。明るく狂ったおっさん、レスター。アンジェラちゃんに惚れてしまって筋トレを始める場面なんて切なすぎて涙出てくるよ。彼は声もいいものを持っていて、モノローグがとても歯切れよく、本作は私の中で「素敵なモノローグ映画」に認定されました。「素敵なモノローグ映画」は他にも「ゾンビランド」などいくつかあります。

そしてケヴィン・スペイシー以上によかったのが、リッキーのお父さん役だったクリス・クーパー。これは与えられた役柄がそもそもすごいというのもあるのだが、はじめは息子にやたらと厳しい軍人の父親にしか見えなかったのが、終盤では情けなくて切なくてどうしようもなく愛おしく思える一人の男に変化して、さらに最後には言いようのない感情を観客に抱かせる存在になっているのである。すごい。




あの結末については、まだしっかり飲み込めていないというのが本音だ。しかしレスターは「いつかわかる」と言っていたし、今はそれでいいのかもしれない。

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