アメリカン・インディペンデント魂!−ブロークン・フラワーズ/エレファント

2月下旬からシネマヴェーラでやっていた特集、「アメリカン・インディペンデント魂!(http://www.cinemavera.com/bc.html?mode=view&no=101)」。本当は全作観たいくらいだったのだけど、春休みに渋谷まで出るのはなかなかたいへんなので、結局3月14日の「ブロークン・フラワーズ」と「エレファント」の2本立てだけ行きました。どちらも何とも言えない後味がじわーっと残る佳作だと思います。以下、感想というか印象を簡単に。


ブロークン・フラワーズ

ブロークンフラワーズ [DVD]

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ジム・ジャームッシュ監督、ビル・マーレイ主演の2005年の作品。

ジャームッシュってやたらお洒落なイメージがあるけど、それよりもまずシュールだよなあと思う。まあ、他に観たことのある監督作は「コーヒー&シガレッツ」だけなので、テキトー言ってるだけだけど。あの映画も、ちぐはぐな会話の断片を集めた奇妙な作品だった。

かつてはプレイボーイとして鳴らし(劇中ではドン・ファンになぞらえている)、今はコンピューター・ビジネスで一山当てて無気力な生活を送っている、中年男性ドン(ビル・マーレイ)の悲哀を描いたこの作品は、地面から5センチの不思議な浮遊感を持っている。ドンのもとに「あなたには息子がいる」と書かれた差出人不明のピンクの手紙が送られてくるところから、その息子を突き止めるために過去の恋人たちを訪問するドンの旅が終わるまで、物語はずっとどこか現実味がない。「ピンクの手紙」って時点でよくわからないし、本物の〇〇が登場するラストも何とも言えない気持ちになる。

このフワフワと現実離れした作品の雰囲気は、ディテールの甘いぼんやりとした背景/内面描写にも因ると思う。今のドンの生活はどのようなものか?コンピューター・ビジネスとは?ドンが訪れた土地はどこ?そもそもドンが住んでいる場所は?そういった諸々の事柄に、この映画は具体的な説明を与えていない。何より、主人公ドンの心情がはっきりとわかる瞬間が一度もないのだ。同じく年をとった男の悲哀を描いた「アバウト・シュミット」とは対称的に、ドンは自分がどんな気持ちであるかを語ろうとしない。

そうやって主人公に心情を吐露させず、彼の孤独に共鳴する空気だけを掬っていく語り口は、なかなかおもしろかった。言葉でなくその貌に哀しみ(と可笑しみ)を滲ませるビル・マーレイの演技の功績ももちろん大きい。でも、役者ではドンの友人を演じたジェフリー・ライトの不思議と惹き込まれる話し方が一番よかった。私の中では彼は「ミッション:8ミニッツ」の博士のイメージが強いので、それとまったく異なる役柄をおもしろく感じた。

ただ、劇中何度もドンの夢として出てくる女たちのイメージは何なんだかよくわかんなかったし、思わせぶりな雰囲気にちょっとめんどくささを感じたりした。でもまあ、そこがジャームッシュの味なんだろうけど。ジャームッシュは、像を結びそうで結ばないイメージの断片たちに頭を悩ます観客たちを見て、楽しんでいるかしら。


「エレファント」

エレファント デラックス版 [DVD]

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コロンバイン高校銃乱射事件を基にした、2003年の作品。ガス・ヴァン・サントはほんとに少年と風景を美しく撮るなあ。

この作品の撮影手法を参考にしたと言われる「明日、君がいない」を先に観ていたので、それを思い出しながら観た。確かに、複数の登場人物が時折交錯する様を別角度から描く手法は共通している(どちらも学校で起きたある事件を描く群像劇であるし)。けれども、その語り方によって何を描こう/見せようとしているかには、二作の間で大きな違いがあるのがおもしろい。

「明日、君がいない」では、それは「誰がこの後、自殺してしまうのか?」という一種のミステリーとして機能しているのだけど、「エレファント」では、事件の様子や学校生活をあえて断片として切り取った上で、それらを繋げて俯瞰させることで、事件の全体像をフラットな形で見せようとしている。すべての事象は繋がっていて、一つのピースを取り上げるだけでは全貌は見えない。同時に、人間にはそれぞれの視点がある。この映画は、そのどちらもきちんと考慮している。

印象的だったのは、写真部員イーライの持つカメラの使われ方。彼がそこに収めているのは、学校の表の姿だ。仲良さげに歩くカップルや友人ジョンの笑顔、そうした明るい学校の様子を、彼は撮影している。実際には、ジョンは昼間から酔っ払っている父の面倒を見ねばならず、学校に遅刻して校長に叱られ涙を見せたりもするが、そうした彼の姿は撮られていない。

同級生からイジメを受け、銃乱射という凶行に及んだエリックとアレックスは、まさに写真に収められない、日陰の存在と言えると思う。彼らは学校がなきものとしていた(あるいは本当に知らなかったのだろうか?)その裏側をよく知っている。しかし、二人が銃を持って図書館に姿を現したとき、ついに問題は表面化し、イーライのカメラのシャッターが切られる。それはエリックとアレックスにとって最初で最後の表舞台に立った瞬間なんだろう。