ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(スティーグ・ラーソン)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

いつか図書館で借りればいいかーと思っていたのだが、フィンチャー版映画を観て「原作ではどうなの〜?」と気になるところが出てきたので、すぐさま購入いたしました(図書館はもちろん貸出中だし)。結論から言うと、フィンチャー版で物足りなく感じた部分もしっかり描写があり、内容盛りだくさんでおもしろかった。同時にフィンチャー版がいかに原作に忠実かもわかった。

映画でも混乱させられたヴァンゲル家の複雑な家系図は原作だと更に凄まじいことになっていて一瞬のけ反るのだけど、文章が非常に明快かつ丁寧なのですんなり頭に入ってくる。この読みやすさはきっと著者のジャーナリストとしての経験がもたらしているんだろう。やはりジャーナリストというのは、情報を正確にわかりやすく伝えるのが第一の務めだと思うし。特に序盤のスウェーデン経済に関するややこしい話がとても理解しやすかったのには驚いた。まずこの著者さんは小説家以前にジャーナリストとして優れた人だったのではないかな。もちろん訳者の力も大きいが。

著者のジャーナリスト精神は、主人公ミカエル(彼もジャーナリスト)の「ジャーナリズムとは隠された不正を告発し世に知らしめ、社会をより良くするために機能すべきものだ」という姿勢にもよく表れていて、この精神は本作の大きなテーマである「女を憎む男たちに鉄槌を下す」こととも繋がっている。スウェーデンというと先進的な福祉国家のイメージがあるけれど、そんな中でも日々男性の脅迫や暴力に苦しむ女性たちがいる。著者はそのことを各部の冒頭で具体的な数字とともに明かしていく。また、本作に出てくる女性の多くが男性からの暴力を経験していて、その過酷さは言葉にならないほど。映画を先に観ていたぶん少し覚悟はできていたけど、読んでいてしんどくなる描写もけっこう多いんだよね。

しかしミソジニストたちを告発するだけでは終わらないのが本作の醍醐味。天才ハッカー、リスベット・サランデルが彼らに制裁を下していく。原作では映画版より背景が語られるぶん彼女のキャラクターがはっきりしていて、よりヒーロー然としている。後見人からの性的暴行にひどく傷ついても決して暴力には屈せず自分の力でなんとかしていく、そんな彼女の逞しい姿(それはとても悲痛なことでもあるんだけど)をキリリとした筆致で綴っていくからかっこいい。

男性の女性に対する暴力が渦巻く世界で、ミカエルという存在の優しさが光る。女性たちが彼の愛人なのではなく、彼が女性たちの愛人。これは本人の口からはっきり言っているんだね。複数の女性と関係を持ちつつ、彼女たちを支配しようとは決してしない、自分のことは自分で引き受ける男。それは素敵だわ。セシリアやリスベットといった、男性からの暴力経験のある女性たちがミカエルを前にしてすぐ心を溶かしていく姿が印象的だった。ちなみに、フィンチャー版で一番残念なのはセシリアのパートがばっさりカットされてしまったこと(時間的に厳しかったんだろうけども)だと思うくらい、私はセシリアとミカエルのやりとりが好き。ミカエルの魅力にうっとりしつつ読んだ。原作は映画だと深く語られないキャラクターが悉くおもしろいのもいいところ。一人一人のキャラクターを丁寧に描き込むことで作品に厚みが出ている。

ミソジニストたちとの対決を主軸に近代スウェーデンの暗部や経済界の不正を炙り出していく多層的な物語構造もデビュー作とは思えぬほどの完成度の高さで、終始おもしろく読むことができた。シリーズの続編も読んでみようかな。



で、小説の感想とは別個に、これを読んで改めてフィンチャー版映画について感じたことを少し。まず、思っていた以上に原作に忠実。スウェーデン版映画を観ていないので何とも言えないけど、話に聞く限り改変の度合いが高いのはスウェーデン版ではないかな。主演のルーニー・マーラダニエル・クレイグも完璧ではないけれど、かなり再現度高くリスベットとミカエルを演じていた。ルニマラちゃんはちょっとたどたどしいけどそこが少女っぽくて一つのチャームになってるし、ダニエルは安心感のある佇まいと色気がミカエルらしい。でもミカエルはもっと少年っぽいよね、きっと。あとセシリアのパートがなくて残念と言ったけど、もう一つ残念に感じたのはヴェンネルストレムのくだりでリスベットがとった行動がミカエルのためだけに見えることかな。他は過不足なく非常に綺麗にまとめてる印象。そこがちょっと物足りなくもあるんだが。