レディ・キラーズ

コーエン兄弟作品制覇の旅、9作目。1955年のイギリス映画「マダムと泥棒」のリメイク。この作品からクレジットが「監督=ジョエル・コーエン、製作=イーサン・コーエン」から「監督・製作=ジョエル&イーサン・コーエン」に。

これはちょっとイマイチだったなあ。コーエン兄弟の映画は「よくわかんない」と思うことはあっても、どれも完成度が高くて軸がブレないところがいいなあと思っていたんだけど、これは雑さが目立った。彼ららしい要素はいろいろ見られるけど、ただ並べられてるだけで、絡み合ってツイストしていくまでには至っていないと思う。

舞台はアメリカ南部のミシシッピ。夫を亡くし独り暮らしの敬虔なキリスト教徒のおばあさんの家に教授を名乗る男がやってくる。しかしその男は実は泥棒で、仲間と共におばあさんの家の地下室からカジノ船の売上金を保管した事務所までトンネルを掘り、大金を盗み出そうと企てていた――というプロットを読めば、コーエン兄弟作品をいくつか観たことがある人はこの先にどんな展開が待っているか容易に想像がつくと思う。そしてその想像通り、バカな小悪党たちが些細なことから身を持ち崩し泥沼にはまっていく様を滑稽に描く、お馴染みの犯罪コメディが繰り広げられるんだけど、これが本当に予想されるストーリーを一切のズレなくなぞっていくだけなので、さすがに退屈した。いや、予想通りのストーリーでも、作りがしっかりしていたり語り方に工夫があればおもしろい。でも本作にはそれが足りないと思う。「コーエン兄弟的な展開」を彼ら自身が雑に扱いすぎではないだろうか。

彼らは「悪党は自分で自分の首を締める」とか「何かを得れば何かを失う」といった、「自分の目的のために波を起こせば、その波は必ず自分に返ってくる」を一貫して描いていて、それは本作でも変わらない。だけど本作の場合、その描き方が他に比べて単純すぎる気がする。後半の、泥棒たちがくだらない仲間割れからどんどん悪いほうに転落していく様の描写とか、いつもの切れ味がなくてグダグタしててもどかしい。彼らはもっとキチッとした映画を作る人たちじゃなかったか。それに、敬虔で善良で、故に幸運なおばあさんと、愚かさ故に身を持ち崩していく小悪党、という対比もさすがに安易すぎるような。「困難に遭遇するのは罪を犯した罰」であるとは限らないことを描いた「シリアスマン」を観た後(本作のほうが先の映画だけど)だと、余計にこの単純すぎる図式化が気になる。「自分たちがこれまでやってきたことのカリカチュア化だ」と言うこともできるかもしれないが、だとしたら己に向けた刃の鋭さがなければいけないし、それは私にはあまり感じられなかった。

しかし、相変わらず映像と音楽はよかった。撮影監督は、毎度毎度言ってるけど、本作もやはりロジャー・ディーキンス。今回は、橋から見渡す川の風景が壮観。現代アメリカが舞台らしいが、あまりそのようには見えない、現実味の薄いレトロな画つぐりが世界観の構築に一役買っている。音楽はこちらもお馴染みのカーター・バーウェルが担当。「オー・ブラザー!」(大好き!)で炸裂していたルーツミュージック愛がここにもある。教会で歌われる歌は、どれも南部の泥臭さがしっかり感じられてかっこよかった。

たぶんコーエン兄弟にとって、笑いと音楽(そしてもちろん映画だが)は人生を生き抜いていく上で欠かせないものなのだと思う。彼らの笑いは常にブラックで、愚かにも泥沼にはまっていく人々の姿を滑稽に描くものだけど、最近、それは意地悪でやっているのではなくて、悲惨な状況を笑いに変えないでどう生きるんだという精神があってのことではないかという気がしている。だから彼らは登場人物たちを容赦なく苦境に追い込むし、それを必ず笑いに変えてみせる。笑いは困難の多い人生を強く生きていくための一つの武器なのだ。それと同じように音楽も彼らには生きるために必要不可欠なものであることは、本作や「オー・ブラザー!」で歌われる歌の溢れる生命力や躍動感からわかる。「オー・ブラザー!」なんて、歌がなければあの囚人3人は生きていけなかっただろう。

少し脱線するけど、コーエン兄弟1800年代後半〜1900年代前半のアメリカに何か惹かれるものがあるのかなと思う。まあ、上述のルーツミュージック愛(アメリカンルーツミュージックは1900年代はじめに生まれた)であるとか、その年代を舞台にした作品がいくつかあるとか、根拠(とも言えないもの)はそれくらいしかないけど。でも、本作が現代アメリカを舞台にしながら、どこか古めかしさを感じさせる世界観だったりするのは、そういうところからきていたりして。とりあえず主人公のおばあさんが古き良きアメリカを体現する存在なのは、たぶん間違いない。

不満な点は多いけれど、改めて振り返ってみると、好きなところも少なくない映画だった。役者陣もみな個性的な顔立ちでいい。トム・ハンクスは特徴的な笑い方がほんとに不愉快でさすがに巧かった。しかし本作以降の作品(「ノーカントリー」〜「トゥルー・グリット」)を観ると、やはり本作の雑さが際立ってくるし、逆に言えば最近のコーエン兄弟のキレっぷりはほんとにすごいんだなと改めて思い知らされる。

レディ・キラーズ [DVD]

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