卵をめぐる祖父の戦争(デイヴィッド・ベニオフ)

久々に現代小説読みました(もともと本はほとんど読んでこなかった人間ですが)。最近電車の中じゃないと本読めなくなってきたよ。家じゃ雑念が多すぎる。

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)

第二次大戦中のソ連という非常に寒々しく殺伐とした極限の世界を舞台にしながら、たいへん爽やかな青春冒険小説になっていて、とにかくおもしろかった。以下短めに思ったことを記します。

まず、大きな鼻がコンプレックスで自分に自信のない17才のユダヤ人少年(レフ)と常に自信満々で女の子にモテる金髪青眼ハンサムなコサックの血をひく20才の青年(コーリャ)の二人旅、という設定の時点でだいぶ勝っていると思う。「あべこべな二人のロード・ノベル」ってそれだけで読みたくなるではないか。ちっぽけなことで仲違いしながらも、共に苦境を乗り越え、最後は唯一無二の親友になる……みたいな、そういうの読むのすごく楽しい。実際、この二人のやりとりが実にくだらなくておもしろかった。下ネタ満載で、漫才のようにテンポのよい、ボケ(コーリャ)とツッコミ(レフ)の掛け合い。ド天然なコーリャ先輩と彼のモテっぷりにウリウリするレフ少年、どちらも愛らしくて、二人の会話を読むだけで幸せな気分になる。途中で登場するパルチザンの狙撃主、ヴィカちゃんが言うように、「あんたたち早く付き合っちゃえば?」っていう。

そもそも何故あべこべな二人が冒険の旅に出るかというと、かなり省略して説明するならば、軍の大佐に卵を1ダース調達してこいと命じられるからなのだが、この「卵探し」というのが切実でありつつもかわいらしい。戦時下の街で卵なんて見つからない。鶏を育てる餌がないからみんな食べられてしまう。そんな中で卵1ダース、12個探してこいというのは、ほとんど無理難題、非常に苛酷な命令である。しかしそれでも、「卵」というとなんだかほっこりしてしまう。この「卵」というのはマクガフィン的な機能を果たすもので、特別これでなくてはならない理由はない気がするのだが、そこで「卵」を選ぶという、この匙加減の絶妙さ。これが本作のおもしろさのポイントだと思う。

本作は、設定、キャラクター造形、ストーリー展開、ディテールの描写……何から何まで匙加減が絶妙で、とにかく巧い作品だった。魅力的な登場人物がいて、冒険があって、友情があって、恋愛があって。そのバランスが非常によい上に、それぞれがしっかり絡み合い機能して、読み手を存分に楽しませるエンターテイメントになっている。そしてストーリーテリングのなめらかさにも唸った。変に引っかかるポイントがなく、たいへんスムーズに物語にのめり込んでいける。

ここまで読んでわかるように、本作は戦時下を舞台にしているけれど、とりたてて戦争の愚かしさを強調したり、反戦的なメッセージを掲げているわけではない。基本的には爽快な青春エンタメになっている。しかし、所々で挟まれる人喰いや足首のエピソードによって、ふと戦争が生み出す狂気や残酷さがはっきりした輪郭をもって顔を出す瞬間があり、背筋が凍った。そしてこのことを考えると、あのくだらないレフとコーリャのやりとりが実は、この極限の世界でなんとか自分を見失わないでいるための方法なのだとわかるし、そうすると途端に彼らの逞しさに敬意のようなものを感じてしまう。

ベニオフ作品を読むのはこれが初めてだったのだが、とてもおもしろかったので他のものも読んでみたい。まずは「25時」かな。