ジャーヘッド

アメリカン・ビューティー」を観たときに「サム・メンデス監督×クリス・クーパーならこれも!」とツイッターのフォローさんからオススメいただいた「ジャーヘッド」を観た。

海兵隊(俗称=ジャーヘッド)の狙撃兵として湾岸戦争に参加した青年の体験記(アメリカでは戦争文学の最高峰と絶賛されたベストセラーらしい)を映画化した作品。

ジャンルとしては紛うことなき戦争映画なのだけれど、これはいわゆる戦争映画らしい戦争映画とはだいぶ趣が違っていた。なんといっても、派手な戦闘シーンが一切ない。主人公含む狙撃兵達は戦地でひたすら待機する生活を送る。「戦場に一番乗りして闘ってやる!」と意気込んでいた主人公達にとって、それはまったく想像していなかった日々。演習をこなし、水を大量に飲み(湾岸戦争の舞台は砂漠なので)、退屈や孤独を持て余しながら、ただ上官から戦闘命令が下るのを待って、待って、待って、待つ。「人を殺す日は、磨きあげた狙撃の腕を生かす日は訪れるのだろうか」、そう思いながら戦地での日常をこなしていく。

戦争に行ったからといって、みんながみんな闘うわけではないし、むしろほとんどの兵士達がこの作品の狙撃兵達と同じ状況なんだろうと思う。それでも、戦闘に参加せずとも、戦地での生活は確実に兵士の心に大きな何かを残す。この作品はそうした兵士の内面変化を主人公の一人称形式で綴っていく。普通なら暗く内省的な作品になりそうだけれど、この作品はそうならなかったのがおもしろい。全体的にどこかポップでドライ。戦争映画としてはかなり異質。しかし、戦争の異常さと兵士達の変わってしまった心はしっかり描かれている。「異質な映画だね」で終わることなく、きっちりとリアルな戦争の姿を描ききった完成度の高さに、アメリカの中産家庭の崩壊を明るく哀しく描いた「アメリカン・ビューティー」の監督としての力量が見える。

実際これは「『アメリカン・ビューティー』の手法で撮った戦争映画」だと思う。話の語り口であるとか、人物の描き方(距離感)であるとか、基本的な構造がとても似通っている。もちろん、同じ監督が撮っているのだから作品の雰囲気が似るのはおかしなことでも何でもないけれど、大事なのは、この作品も「アメリカン・ビューティー」同様「日常の狂気」の映画であるということ。アメリカの平和な街だろうと、戦場だろうと、人間が集まり生活を営めば、そこに「日常」ができる。その日常に孕む異常さを見せるのが、サム・メンデスは本当にうまい。(まだ2作しか観たことないけどね。)この作品がリアルな戦争像、兵士像に迫れたのは、「アメリカン・ビューティー」の手法で作ったからではないかなと思う。というか、サム・メンデスだからこそ撮れた戦争映画という気がする。

アメリカン・ビューティー」との一番の共通点は、狂気を明るくポップに見せてしまうところ。戦争映画といっても、どんよりと重くはならない。むしろテンションはちょっと頭がおかしいんじゃないかというくらい高い。過剰なまでに鮮やかな色彩や戦場では場違いに聞こえるようなポップ/ロックミュージックに、異常さを映し出す。高いテンションは狂気とイコール。「アメリカン・ビューティー」でも主人公達は明らかにおかしいテンションで、とにかく陽気だった。

撮影はまたしてもロジャー・ディーキンス(最近よく観てるコーエン兄弟作品の撮影はほとんど彼が担当)。彼が撮影監督だとは知らずに観ていたのだが、なんて鮮やかで綺麗な映像だろうと思っていたら、やっぱりディーキンス仕事だったか。白を強調し熱で空気が揺れる様まで細やかにとらえた砂漠の風景、鮮やかに燃え盛る炎と真っ黒な空のコントラストが不思議な油田の様子……映像の素敵なところは挙げればキリがない。実はまだ彼が映像を手がけた作品を映画館で観たことがないのだが、大きなスクリーンで観たら素晴らしいんだろうなあ。(ああ早く「トゥルー・グリット」観たい。)

主演のジェイク・ギレンホールはあの大きな目ですべてを表現できてしまうところがすごい。兵士役ということで体はかなり鍛えたみたいだが、その肉体の鎧から時たま彼本来のやわらかさや繊細さが顔を出す瞬間がよかった。彼は本当に若手(という年齢でももうないか)の俳優の中では抜群に演技がうまいと思う。「ブロークバック・マウンテン」組は強し。ジェイク演じる主人公とコンビを組んだトロイ役のピーター・サースガードもよかった。「17歳の肖像」とか「ナイト&デイ」とか胡散臭い役の作品しか観たことがなかったので、こういう役は新鮮でおもしろい。そしてクリス・クーパー。「アメリカン・ビューティー」同様、軍人の役だが、雰囲気はまったく違う。出番は少ないけれど強烈な印象を残していった。

この物語には答えとかわかりやすい肯定や否定はない。あくまで兵士の一体験として見たこと・思ったことを綴っているまで。混乱は混乱のままだし、抱く感情は複雑で簡単に説明できるものじゃない。それをこの作品はできるかぎりありのままに描いている。戦争が悪いとは最後まで決して言わない。しかし、戦争は必ずや兵士の心に消えない何かを残す。「戦争が終わっても、兵士の手には銃が握られたまま」——戦争のもたらす「何か」を単純化することなく、新鮮な方法で撮ったこの作品は、実は他の激しい戦闘シーンがある戦争映画以上に戦争の生々しさを捉えているかもしれない。