フランキー・マシーンの冬

ドン・ウィンズロウ著の「フランキー・マシーンの冬」上下巻を読了しました。「犬の力」「ボビーZの気怠く優雅な人生」と読んできて、私にとってはウィンズロウ作品3作目。どれも読み応えがありおもしろかったけど、3つの中ではこれが断トツに好きです。壮大で重厚な力作「犬の力」の後に書かれた作品ということで、充実の内容ながら、力のこもったかんじではなく、わかりやすい娯楽作品になっているところがよかった。後半はミステリとしてもおもしろく、単純に読んでいて楽しかった作品。

なんといっても主人公フランク・マシアーノがかっこよすぎる。かつては「フランキー・マシーン」の名で恐れられたマフィア、今は釣り餌店など複数のビジネスを営むイカしたじいさん。一日をまったく無駄にせず、自分流の生き方を絶対崩さない。元妻や娘との交流も欠かさず、美人の彼女がいて、サーフィンも楽しむのだから、最強です。そんなイカしたじいさんが、ある日足を洗ったはずの裏の世界の連中から命を狙われる。なぜ自分は命を狙われるのか━━マフィアだった頃の記憶に遡り、自分を追う人間を探っていく、というお話です。

上巻ではまず、このフランク流の生活の描写がかなりのページを割いてなされます。主人公の人となりを説明する導入部としてはちょっと長いくらいなんだけれど、文章がとても軽妙でグルーヴィなので、なんてことない一日の描写でもかっこよく、一つのエピソードとしても楽しめる。フレンチプレス式のコーヒーメーカーで淹れたコーヒー。玉葱入りベーグルの卵サンド。新聞のクロスワードパズル。なんてことない一つ一つの要素がかっこよく見えて、そこからフランクの魅力的な人柄が立ち上がってくる。

主人公フランクも超絶かっこいいけれど、ウィンズロウの文体も負けず劣らずかっこいい。3作読んで、このかっこよさが感覚的につかめてきた気がします。ウィンズロウは特にクセのある書き方ってわけではないけど、何においてもその作家特有の空気をつかめると、俄然おもしろみがわかってくるものなので、私がフランキー・マシーンを一番気に入ってるのも、以前よりウィンズロウ文体がつかめてきたからなのかもしれない。このかっこよさを説明するのは私には無理なので、本人の言葉を借りると、木の塊を持ってきて虎に見えない部分を削っていく「木彫りの虎」筆法で書いてるんだそう。ということは、まず虎のように力強く艶やかな物語を頭に描いて、その形になるように文章をシェイプしていく、ということだよなあ。だからウィンズロウの文章は無駄がないですね。といっても「削ぎ落とされてる」というよりは、「適度に肉がついている」というかんじ。だいたい三人称で綴られているけれど、その目線は一歩ひいていて現実的で、さりげなくユーモラスな言い回し(派手な黄色いハムヴィーは派手な黄色いハムヴィーみたいに目立つし、とか)がさっと入るあたりもかっこよさのポイントでしょうか。

話の核を言ってしまえば、過去の記憶を頼りにフランクの命を狙う犯人を探せ、ということになるんだけれど、その遡った過去のエピソードの一つ一つがそれ単体として独立してもおもしろく、登場人物もみな個性的なので、物語全体をより立体的に見せていくことができていると思います。他の作品でもウィンズロウは各々のエピソードを絡めて物語全体を回転させていくのを巧みにやっていますが、フランキー・マシーンの場合、時間軸が一直線でなくて、記憶を辿っていくという構成なので、より各エピソードが際立って、それぞれがそれぞれの物語をもっていました。ウィンズロウ作品には必ず「物語の力」がありますよね。

記憶を辿って犯人を探すと同時に読者にとっては記憶が伏線になっている、というのも構図としておもしろかった。下巻後半で一気に謎が芋づる式に引きずり出されていくところはページをめくる手も速く、ぐいぐい引き込まれました。フランク側ともう一つ、FBI捜査官デイヴ側の動きがぐわーっと重なる瞬間は否が応にも盛り上がった。下巻後半は各章も短く、章を細かく重ねることで畳み掛けていくリズム感も心地いい。

アメリカ西海岸の文化を網羅するよき時代の物語としても、謎解きとしても、フランクのかっちょいい生き方に悶絶するお話としても、楽しめる作品でした。ただアメリカの文化・社会・政治についてもっと知っていれば、もっと楽しめるだろうなあ、と思うのだけど。