28日後…

ソーシャル・ネットワーク」公開前後のデヴィッド・フィンチャー祭が一段落ついたので、今度は「127時間」日本公開決定を祝してダニー・ボイル祭を始めることにしました。ちなみにこれまで観たことがあるボイル作品は「トレインスポッティング」と「スラムドッグ$ミリオネア」だけというミーハーっぷりですが、どうぞよろしく(しかしこの2作品はどちらもすごく好き)。祭のはじめに選んだ作品は、ホラーということで今までなかなか手が出せなかった「28日後…」です。

ホラーというジャンルはほとんど観たことがなく、言わば「観ず嫌い」の状態なのでどうにかしたいなあと思いつつも、やはりどうしても怖そうで観るのをためらってしまう自分がいます。しかし「ダニー・ボイルの作品はどれもラストが爽快」と前にどこかで見たし、実際トレスポもスラムドッグも中盤は辛い描写が多くありながら最後はとても爽やかな作品だったから、「うん大丈夫、途中まで怖くても、ラストはきっと救われる」と思いながら観たのだけど、そもそもそんなに怖くなかった。感染者(血と唾液から「凶暴性」が感染してとにかく人を襲いたくなるらしい)達が全力疾走で人々に襲いかかってくるのだが、一生懸命に走る姿がむしろ滑稽で全然怖くない。主人公達が車に乗りこみあと一歩のところで感染者達がふりきられてしまう場面など、可笑しくてちょっと愛おしく感じてしまうほどだった(だってこのとき感染者達みんな息切れしてるんだもの笑!)。いわゆる得体の知れないものが襲ってくる恐怖というのは、この作品にはほとんどない。かわりに作品全体を覆うのは、どうしようもない「寂寥感」であった。

キリアン・マーフィー演じる主人公ジムが病院で目覚めたとき、すでに感染はイギリス国内中に広がり、大半の人々は避難したか感染したかで、ロンドンの街はめちゃくちゃな状態になっていた。そんな荒れ果てた街の中を歩きまわりながら人影を探し「Hello」と声をあげる、ジムのなんともいえない寂しげな姿。ジムは感染が始まる前に事故にあい、そのまま病院で感染開始から28日後まで意識を失っていたのだった。取り残された孤独と世界有数の観光地の荒れ果てた姿、そして画面から漂う終末感。淡々とした描写がむしろ寂しさを増幅させる。

この作品を観て、ダニー・ボイルは「どん底」の描写がうまいと思った。生々しくてリアル。ドスーンと底に叩きつけるのではなく、ずるずると気づいたらどうしようもない状態にはまっている、というかんじ。主人公はセリーナ、フランク、ハンナという3人の生存者と共に生存者達の拠点があるというマンチェスターへ向かうのだが、それは一見いい方向へ進んでいるようで、実は最悪の状況に足を踏み入れていたわけで、そのことが淡々と示されていく中盤から後半の流れのほうが、むしろ感染者達より恐ろしかった。観ていて、「どうしようもない……」って本気で思うもの。トレスポもスラムドッグも、どん底の描写はけっこうキツい。だからこそボイル作品での主人公の一発逆転、起死回生を狙った行動は非常にキラキラして見えるわけである。

この作品でも、主人公はどん底からの逆転を狙い大胆な行動に出るのだが、そのがむしゃら感がまあ飛び抜けている。正直、襲いかかってくる感染者よりも、主人公達が置かれたどん底の状況よりも、キリアン・マーフィーのほうが怖かった(笑)。「強い生命力」なんて前向きな言葉だけじゃ形容できないすごいエネルギーを主人公から感じたし、それは恐怖心を抱かせすらするものだった。しかしこのへんの展開は実は私にはよくわからなかったであるよ。性善説的なぬるいやり方でどうにかしようとしなかったのはいいと思うし、もしそうしたやり方をとっていたら状況は打破できなかっただろうけど、がむしゃらすぎて、私の頭ではちょっと「???」ってなってしまいました。

しかしラストはやはりダニー・ボイルらしく爽やかで美しく、「Hello」の呼びかけが冒頭とは違うポジティブな響きを持っているのがよかった。どん底と爽快なラストのコントラスト、これがボイル作品の魅力なのだろうか。


【余談】
ダニー・ボイル作品をこれで3つ観たことになるわけだが、なんとなくこの監督のことがわかってきた気がする。具体的に言葉で説明はできないけど。「トレインスポッティング」と「28日後…」を観ると、主人公の撮り方の特徴が掴めるような。ユアン・マクレガーキリアン・マーフィーを主演にしている、というのもなんだかね。キャスティングのセンスのよさを感じます。「127時間」の主人公はジェームズ・フランコ。やはりセンスがいい。「127時間」もまさに「どん底から一発逆転を狙う」男の物語。これはまたなかなかすごいものが見れそうだ。

※フランクが「水がないから排泄はバケツにしろ」とジムに言う場面、キリアン・マーフィーの乳首が画面の絶妙な位置にけっこうなアップで映り込んでいたのがたいへん気になりました。彼は必要以上に脱いでましたね。最近キリアン・マーフィーに興味津々です。バランスがちょっとおかしい個性的な顔が好き。