グラン・トリノ

クリント・イーストウッド監督の映画は、一見すると重厚な作品が多い。社会的な題材を扱うことが多いし、ストーリーも明るくハッピーとは言えない。でも観終わったあと、暗い現実問題に頭を抱えてしまったり、重々しい気分になってしまったりするような、そういうシリアスさはない。鑑賞後に得られるのは気持ちのいい満足感。ちょっと変な言い方だけど、彼の映画を観た日はぐっすり眠れる気がする。ぎっしりと中身の詰まった、それでいてトゥーマッチな胃もたれをおこさない映画。安くてお手軽なファーストフードとはもちろん違うけど、同時に食べることに疲れちゃうようなフレンチのフルコースとも違うというか。だから社会問題や体制の腐敗を暴きつつ、そうした問題提起や批判だけでは終わらない深い物語が描かれているし、最後にはこの作品を観てよかったと思える幸福感を残してくれる。これが「チェンジリング」と「グラン・トリノ」を観て感じたこと。

チェンジリング」が闘う女性の物語であったとすると、「グラン・トリノ」は完全に男の子物語。男はじいさんになっても男の子という話であり、年齢や人種が違っても男の友情は成立するという話であり、また犯した過ちのために救われない人生を送るじいさんが一世一代の男としての覚悟を見せつける話でもある。かといって、男臭い暑苦しい話というわけではなく、女の子に対するリスペクトも見せているのが何とも品があって素敵。

主人公ウォルトは息子や孫からもめんどうな存在と思われている偏屈なじいさん。朝鮮戦争で戦い、フォードの組み立て工として働き、トヨタなどの日本産自動車をはじめとしてアジア系の人間、アジア製の製品を忌み嫌う。ある意味で現代アメリカの歴史に閉じ込められてしまったような人。こういう人は恐らくアメリカにはたくさんいるんだろう(状況は違えど、日本にだっていっばいいる)。この作品は、こういうじいさん達の心に男の子を見いだし、解放してあげるものでもあると思う。そんでまた彼の魂の救いのきっかけとなるのが、彼が忌み嫌っていたアジア系の家族との出会いだったというのが泣ける。そしてウォルトはその家の、頭はいいけれど不器用な少年タオを見て放っておくことができず、彼に男としての生き方を教えていく。それは同時にウォルトの心の中の男の子が蘇り、彼自身が若返ったことも意味するんだろうと思う。でも、愛車グラン・トリノを眺めては「いつ見てもスウィート」って言ったりとか、「俺は世界一の女と結婚した」と誇らしげに語ったりとか、彼の心の男の子はタオが現れる前からちゃんと存在してるけど。それから、ウォルト
とタオの間には年齢の差なんてまったく障害にならない男の友情が生まれる。ウォルトがタオに教える「男らしさ」は昔っぽいものではあるんだけど、一本まっすぐ筋が通っているし、女の子を大切にする気持ちがある。このへんのシーンはほんと胸熱でかっこいいんだよなぁ。相変わらず私は男の子物語が好きだ。そしてこの家族との交流から、彼が最後の決断を下すまでの流れがすごい好き。あとタオ君もどんどんかっこよくなっていくんだよねぇ。

こんな男の子物語、イーストウッドほど経験豊かで未だにかっこいい人でなければ作れなかったと思う。この作品の撮影時点ですでに70代の後半のはずだけど、背筋がまっすぐ伸びてて若々しいし、女の子に対する接し方もかっこいいんだよ、まったく。50も年の離れた女の子に「タオがデートに誘わないなら私がデートに誘いたい」とか言っちゃっても普通に様になってるんだもの。これは、イーストウッドが男にとって大切な心構えを教えてくれる作品であり、同時に彼の世代の男達の魂を癒やすような作品でもあるんだなと感じた。

そうそう、一つ触れるのを忘れてたことがあった。この作品、神父さんが重要な役で出てきますけども、「神父」というのもアメリカを意識させる存在だし、やっぱりこれはすべてのアメリカンじいさんに捧ぐような話なんだろうと思いました。それと前半部分、ウォルトの独り言が多い。じいさんの独り言で話を進めていくってのが何ともユーモラスでありました。とにかくイーストウッドがもうめちゃんこかっこいいので、彼の胸熱な雄姿を見るだけでも価値のある作品だと思いました。いい映画だった。


グラン・トリノ [DVD]

グラン・トリノ [DVD]