おとなのけんか

昨年の「ゴーストライター」が良作だったロマン・ポランスキー監督の新作は、豪華キャストを揃えての有名戯曲の映画化作品。

http://www.otonanokenka.jp/

良くも悪くも予告篇(↑これ出来がいいよね)から期待したものがすんなり出てきて、特別「おお!」と思う瞬間はなかったけれど、見たいものがしっかり見れる満足の出来。ランタイムが80分を切るというコンパクトな仕上がりもあって、内容は嫌味たっぷりなのになんだが気持ちがよい。

おとなのけんか」という邦題は、大虐殺とか殺戮とかを意味するらしい原題のCarnage*1よりも映画の内容をよく表していてよいと思う。元々は子供の喧嘩を平和的に解決すべく集った二組の夫婦。しかし次第に空気は悪くなり、話は逸れ、建設的な議論など為されない。そして最終的には何が何やらわからない混沌とした状態に陥ってしまう。それは互いに知性を見せ合うゲームとしての「ディベート」にもならない、究極に不毛な口論、つまり「喧嘩」でしかない。

そもそも、片方の夫妻の家を訪れたもう片方の夫妻が帰ろうとするところから話が始まるのが秀逸だった。「一応文書は作ったし、次の話し合いの日取りも決めたし、じゃあ行こうか」というところで、ある会話が始まる。そして互いにヒートアップして、帰れなくなってしまう。区切りをつけようと思えばつけられるのに、むきになって口論を続け、時間ばかりが過ぎていく。遂には、こんな無駄なことはもうやめよう!とコートを手に取り玄関へ向かうが、しかし……。一度は家を出ようとするのに引き返すことで延々と続いていく不毛なループ状態がとにかく可笑しかった。

本作の一番の見所であろう豪華キャスト陣のアンサンブル(はたまた不協和音?)も存分に楽しめた。どこか自分自身を映したような役柄のジョディ・フォスターは後半の爆発っぷりが気持ちよく、彼女のリベラルぶった皮を少しずつ剥いでいくクリストフ・ヴァルツとのやりとりにニヤニヤしてしまう。クリストフ・ヴァルツは可愛いげのないランダ大佐というかんじで、不愉快なのに抗いがたい魅力を持つ男をサラリと怪演。あの笑い方の不快さと脱力する姿の愛おしさといったら!彼の妻を演じたケイト・ウィンスレットはその場をどうにか取り繕おうとしつつも本音が漏れてきちゃって、というかなり難しい役(簡単な役とかないけれども)だったと思うが、眉を上下によく動かしながら見事に演技をコントロールしていた。とすると、「平凡な生活に満足し向上心のない夫」を演じたジョン・C・ライリーだけちょっと分が悪いかなと思ったりもするが、しかし彼は善良そうな顔をしてとんでもないことをしているからね。それに彼の大声が実は一番気に障った。もちろんこれは賛辞の言葉ですが。

ポランスキー監督の仕事ぶりは派手ではないけれど、演劇の世界観をスムーズに映画に落とし込んでいて会話の妙をしっかり楽しませてくれる。あの意地悪い空気を醸成できたのはポランスキーだからこそってところもあるのかな。

*1:あるいはscene of carnageで修羅場の意味になるらしいが、修羅場ってのもなんだか違う気がする