ゴーストライター

アメリカに入国できないロマン・ポランスキー監督がフランス(だったと思います)のどこかとCGを使ってアメリカ領土の孤島を作る映画です(違います)。

実に巧い、細部まできっちり作られた上質のサスペンス。元英国首相(ピアース・ブロスナン)の自伝執筆を依頼されたゴーストライターユアン・マクレガー)がいろいろ深く知りすぎる話。

全編を覆う、どんよりとした曇り空がいい。常に画面に不穏な空気が漂っている。劇中何度か降る雨や舞台となる孤島を取り囲む海などの「水」のモチーフも、寒々しくて何か不吉な予感を抱かせ、サスペンス映画としての状況設定はばっちり。

空以外も画面の色調は灰色をベースにしており、全体にクラシカルで渋めの質感に仕上がっているのだが、同時にどこか人工的でプラスチックなかんじもするのがおもしろい。上述したように、舞台の孤島はフランスのどこかとCGを用いて作られており、元首相の隠れ家的別荘の周辺はすべてCGとのこと。見ればなんとなく合成だなとわかるかんじで、その人工物っぽさが映画全体に実体のない、生身の存在でないゴーストっぽさをもたらしている。

ユアン・マクレガー演じる主人公は劇中一度も名前を呼ばれることがなく、ただ「ゴースト」として存在している。その背景のなさ、抱えるもののなさ故に彼は身軽だし、どんどん深くまで行ってしまえる。そして次第に自分の前任者(不審死を遂げている)の残した足跡を辿っていくように、型をなぞっていくようになる。思えば、この物語の冒頭で既に死んでしまっている前任者も、実体なく影として存在する「ゴースト」であって、この映画はこういう「ゴースト」のイメージに覆われているように思う。ここでいう「ゴースト」は亡霊のことじゃなく、実体のない影、本物とか中身とか身体とかいうものの反対に位置するものという意味だけど、例えば先に書いたCGによる島のプラスチック感とか、あるいは本心の見えない登場人物たちの会話とかに、そのゴーストのイメージは感じられる。全体にどこか、本質や中身がない/見えないかんじがあって、それがあのラストカットまで観終えたときの夢を見ていたような感覚を誘う。

話運びはそつがなく、映画にどっしりと身を預けられる。他のポランスキー作品はまったく観たことがないけれど、やはりキャリアの長い人だからか、流れの作り方や緩急のつけ方が巧みだと思った。細かな部分もよく作られていて、ユアンが島のおじさんから渡された帽子の臭いを嗅ぐ場面は耳(音楽・台詞)や目(映像)ではない感覚から不愉快さを表現するのがおもしろい。

役者陣に関しては、やはりオリヴィア・ウィリアムズ。ちょうどこの1週間くらい前に観た「ハンナ」では、主人公が道中で出会う家族の奔放な母親を演じていたけど、あのときとはまったくの別人のようになっていて驚いた。というか、「17歳の肖像」のスタッブズ先生でもあるんだよな。これも言われないとなかなか気づかない。「役者さんってすげー」と今さらなことを思うなど。この作品では、神経質が内側から滲み出て顔に張り付いて離れないってかんじをピリピリと表現していて、観ているこっちの神経も刺激されるようだった。ピアース・ブロスナンの中身のない空白っぷりやユアンの身の軽さもいい。ほんの一瞬だけど、ユアンのお尻も出るよ。でも今回はそっちより袖の長いだらっとしたセーターを着ている姿のほうがかわいかったけど。

ただ、これは個人的な好みとも関係あるけど、ちょっと形よく綺麗にまとまりすぎている気がして、何か逸脱がほしいなあと思ったりもした。そういう意味でやっぱりもったいないと感じたのが、「グーグルで謎解き」。インターネットが広く普及した時代なのだから使用するのはおかしくないし、むしろ使用しないほうがおかしいくらいだけど、もうちょっとうまい使い方があると思うんだな。一発ヒットじゃさすがに味気ない。例えば時間の制限がある中でパソコンを使うとか、何かしら一捻り入れて謎解きのおもしろさを見せてほしかった。

とはいえ、社会的・政治的な要素をうまく使いながらも、あくまでエンターテイメントとしてまとめあげたエレガントな娯楽作品だと思う。この秋のオススメ。秋冬に観るのがいいよ、絶対。