アリス・クリードの失踪

上映終了になる劇場が多くなってきてるのでとりあえず、気になっているなら観て!

で、終わりにしてもよい?と思うんだけど、一応「いいなー」と思ったところを少し書いておく。(でも観賞前に情報を遮断しておきたい方にはスルー推奨です)

映画における「準備好き」ってけっこういると思います。例えば最近だと、厳密には準備とは言えないんだけど、「X-MEN : ファースト・ジェネレーション」のトレーニング・シークエンスとか。あのスプリット・スクリーンの使い方とかテンポのよさとか、とても気持ちよかった。あんなふうに、物語のはじまり、あるいは要となる出来事に先だって準備したり練習したり、っていうシーンがうまく撮られてる映画はまず間違いないと思います。

で、このアリス・クリードの冒頭10分もたいへん素晴らしい準備シーンだった。ちゃっちゃっと手際よく、タッカーでブルーシートを留めるカチッカチッという音も音楽として使って、リズミカルにかつ淡々と、男二人の作業を見せていく。非常にタイトで無駄のない撮り方なのだけど、骨々しくはなくて、ゾワリとさせられる怪しげな何かを秘めているかんじがいい。こうオープニングからゾワゾワと盛り上げてくれる映画もまた、間違いないです。そしてさあそれからどんな話が始まるかっていうと、これがまた驚きの連続でおもしろかった。

どんなストーリーかを言ってしまうともったいない気がするので、ここでは具体的なあらすじは書かないようにする。ただ、設定だけ少々説明させてもらうと、これは男2女1という登場人物3人だけの(ほぼ)密室劇。「3」という人数だからこそ起こりうる支配/被支配、主従の転換を見事に描いている。やっていることは実はけっこう単純で、わかりやすいスイッチの切り替えが行われるだけなんだけれど、それがなかなかうまくやっているのでおもしろい。脚本の力がとても大きな作品ですね。監督と脚本を務めたのは、イギリスの若手、J・ブレイクソン。これが監督デビュー作らしいが、非常にいいスタートを切ったと思う。キャストにも舞台にもお金がかけられない、新人監督の低予算映画としてまさに理想的。よくできた脚本があればここまで魅せられるという証明でもあって、未来の新人監督の手本にもなりそうだな。というか彼自身、各所で比較されているノーランやダニー・ボイルの初期作品を参考にしていたのだと思うけど。

あからさまなブリティッシュ度はそれほど高くない作品だけど、端々に薫る英国らしさには、やはり英国雰囲気好きとして嬉しくなった(最近気づいたけど、私は英国が好きっていうより、あの国の文化に漂う独特の空気が好きなのね)。なんなんだろうね、あのタイトでクールで、どこか突き放したような、でもある意味泥臭い人間味もしっかり残したかんじは。いつの時代も英国ものというのは一定層の人間の心をくすぐります。

音楽、というか音の使い方もとても秀逸。冒頭のタッカーにしろ、作業音や生活音、何かがカチャカチャいう音を排除せずに音楽にしていくのがよかった。ラストの曲の使い方も見事。

役者陣はみな顔がいい。ジェマ・アータートンは美人ではないんだけど、とても個性的な顔立ちで、これからたくさんいい役に出会えるだろうなーと思った。エディ・マーサンはどっかで見たことあると思ったら、「シャーロック・ホームズ」の警部さんか。ガイ・リッチーの好みそうな、刑務所を出たり入ったりしている男の顔だ。マーティン・コムストンは角度によってエドワード・ノートンに見える……気がするのだけど、私が「○○って××に似てるよね」と言っても基本的に賛同を得られないので、皆様ぜひ自分の目でご確認を。みんなどうにも信用ならない顔をしているのがよいね。

さて、ここまで読んで、もしこの作品に興味をもったという方がいれば、これ以上の情報は調べずに、すぐに観に行くのがベストだと思います。登場人物3人のみのミニマルな密室劇ながら、その利点を最大限に活かした主従の転換のドラマをご堪能あれ。