狼たちの処刑台

マイケル・ケイン主演作ながら、日本ではDVDスルー。なにげにマシュー・ヴォーン関連作(製作で参加してます)。

狼たちの処刑台 [DVD]

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「昨今流行りのヴィジランテもの【英国おじいちゃん編】」なんてのを期待すると、たぶんちょっと面食らうだろう。ここにあるのは、荒れた若者たちに制裁を下す爺さん無双の痛快アクションなんかじゃない。荒廃したイギリス郊外の風景をバックに描かれる、ひたすらに悲しくて光の見えない復讐劇。「こんなことをしても何の解決にもならない」というのが誰の目にも明らかな上でやっているからこそ、どこまでも苦々しい。冷静に状況を俯瞰するような乾いた筆致が特徴的。

昨夏イギリス中に飛び火した、あの大規模な暴動を予見するような内容でもある(実際は09年の作品)。暴動前の郊外の荒んだ状況(いわゆるチャヴと呼ばれる不良グループがたむろし、彼らは銃を持っていることもある)を刻名に切り取っているだけでなく、暴動そのものを描いてしまっているからすごい。投げつけられる火炎瓶、燃え盛る車、武装する警官隊……ちょうど去年見たのと同じような景色が画面には広がっている。とはいえ、これはそうした状況に警鐘を鳴らしたり、何故そのような社会になってしまったかを紐解くような「社会派」映画でもないと思う。「暴力に溢れた社会状況」はあくまで物語の背景として、「制裁を下す」だけでは改善はもたらされないことを前提に、それでも復讐に乗り込む老いた男の悲しみに満ちた姿を描いている。

何が悲しいって、そんなふうに不良たちを無慈悲に殺していく主人公ハリーは、きっと誰よりも暴力の痛ましさと虚しさを知っている人だということじゃなかろうか。彼はかつてアイルランドのテロリスト集団IRAと戦っていた軍人で勲章も貰っている。当時の経験をあまり語りたがらない様子からは、彼がそこで「暴力を行使しあうこと」が何をもたらすかを見てきたことが窺えるように思う。それでも、あの地下道にたむろする不良たちには我慢がならない、堪忍袋の緒が切れた!となるからこその、あの爆発、あの辛さ。マイケル・ケインはそんなハリーの怒りや悲しみを全身に滲ませていて、特に親友の一件を知り悲痛な感情を抑えられなくなっ涙を流す場面は本当に辛かった。それと、ハリーはいくら元軍人で戦い慣れているとはいえ、体力は普通の老人と変わらないのがいい。無理に走れば息も切れる。最初にも書いたけど、決して「爺さん無双」じゃない。

役者に関しては他に、ひたすら悲痛なこの映画に一筋の清廉をもたらしたエミリー・モーティマーもよかったのだけど、個人的に印象に残ったのは、不良グループのリーダー格の青年を演じた、ラッパーのプランB(俳優としてはベン・ドリュー)。このぽちゃぽちゃした体型のニイチャンどっかで見たことあるなーと思ったら、プランBだった。「どうせこっちのことは解るつもりもないんだから、最大限に不愉快な気持ちにさせてやるよ」とでも言うような挑発的な表情が最高だった。ちなみに主題歌にも参加してます。最後にそれを貼っておきましょう。