ファーゴ

ようやく書いた、映画「ファーゴ」の感想。まあ特に大したことは書いてませんが。

コーエン兄弟作品を観賞するのは、これが2本目。初コーエンだった「バーン・アフター・リーディング」が苦手な映画だったので、どうかな〜と思いながら観たのだが、これはおもしろかった。狂言誘拐をきっかけに起こる凄惨な事件と己の軽率さゆえに泥沼にはまっていく人々の様子を、ブラックユーモアを交えて描くサスペンス。たぶんこれが「コーエン兄弟節」ってやつだと思われる、独特のシュールな世界観に彩られていた。

冒頭、「これは実際の事件を忠実に再現した映画である」という旨のテロップが流れる。しかしウィキによると、このテロップは演出の一つで、実際この話はまったくのフィクションらしい。なるほど、知らないで観たら絶対騙されていたよ。妙にリアルな話だもの。コーエン兄弟ってたぶんちょっと意地悪だから、こういうのはいかにも彼らがやりそうなことだ。ところがウィキ以外のサイトを覗いてみると、「本当は実話だが、舞台となった街のイメージが悪くなるのを懸念してフィクションと言っている」という逆フェイク説や「実話を拝借しつつもかなりアレンジしている」という単なるモチーフ説など、情報が錯綜していた。これはまあ何とも。これこそコーエン兄弟の本当の狙い?とちょっと妄想したり。

映画そのものは、細部までかなりきっちりと作り込まれており、とてもクオリティが高い。ただの狂言誘拐のつもりが計画が狂い、どんどん思わぬ方向に事態が転がっていってしまう様を、秀逸に描き出した脚本は本当に見事だし、スティーヴ・ブシェミやウィリアム・H・メイシーらの演技もみなクセがあり、それでいてしっかり溶け合っていて、絶妙のアンサンブルを生んでいる。真っ白な雪景色を印象的に切り取ったロジャー・ディーキンスによる撮影やクラシカルな音作りのようで何か不思議な感触を残すカーター・バーウェルによる音楽も、作品に味わいを与えていた。そういえばこの前、「コーエン兄弟は撮影前にカット割りまで決めて、本番ではアドリブを絶対入れないらしい」という話をテレビで聞いたのだが、そう言われてもまったく驚かないほど、隅々まで考え抜かれており、全ての要素が最善の場所にきちっと配置されているようだった。

ただ、本当によくできていておもしろい映画だと思うが、この作品をどう解釈したらいいのかはよくわからない。単純に、利己的で思慮に欠ける人々が自らの愚かさゆえに少しずつ抜き差しならない状況に陥っていく様子を、たまにクスッと笑いながら、眺めていればいいものなのだろうか。どうも目の前に提示されたものをそのまま信じていいのか疑問なんだよな。なにしろこれは嘘の映画だと思うから。冒頭のテロップでいきなり観客を騙しているし、精神的におかしくなって嘘をつくアジア系男性のエピソードがなぜか挟み込まれるし、劇中に登場するポール・バニアン像はホラ話の象徴だというし、そもそもこれは狂言誘拐の話だし。この作品にはこういうふうに「嘘」とか「デタラメ」とかが意識的に散りばめられていると思う。そうなると、もうどこまでが嘘なのかわからなくなってしまうし、映画全体がまったくのデタラメなんじゃないかと深読みしたくなったりもする。でも、じゃあどこがどう疑わしいかというと、それはよくわからない。ただ、話の筋と関係のないところで意味ありげなアジア系男性のエピソードが入ってきたりするもんだから、本当に見たまま聞いたままをその通りに信じてしまっていいのだろうか、という気分にさせられているだけなのかもしれない。いろいろと疑って考え始めれば、この映画はどんなふうにでも受け取ることができるし、冒頭のテロップに関してだけでもあれだけいろんな説が出ているんだから、映画全体の解釈となればなおさらたくさんの説があるんだと思う。コーエン兄弟の作品には他にもこういうふうにどうとでも受け取れて宙ぶらりんな感覚にさせられるものがあるようだから、これもコーエン兄弟流の意地悪な映画の楽しみ方なのだろうか。

登場人物は、フランシス・マクドーマンドが演じた女性警察署長を除くと、みな個性的ではあるが共感からは程遠い人間ばかりだった。ちょっとだけ出てくる娼婦なんかも含めて、基本的にどの登場人物も、美しくあるいはかっこよく撮られていないし、逆にあえて醜く撮ろうともしていないと思う。それゆえ、彼らはとても奇妙なのにぎりぎりリアルな存在に感じられる。その奇妙なリアルさが独特の滑稽で哀しい人間像を生み出しているわけだけれど、しかしこの滑稽な人々を見て、私は微妙に笑えなかったりする。ブシェミが「変な顔」って言われまくるあたりはクスッとくるよ。でもここで繰り広げられるどうしようもない惨劇やあまりに軽率な人々に対しては笑えないし、むしろそのリアルさゆえかちょっと怖い。コーエン兄弟の目線で人間を見るのは、私にはまだ難しかったりする。

ところで、基本的にはどのキャラクターもかっこよくないこの作品の中で、唯一ちょっとかっこいいというか何か惹き付けられるものを感じたのは、ピーター・ストーメア演じるゲアだった。ゲアはほとんど言葉を発しない無表情で冷酷な男。何を考えているかわからなくて、人間的な何かが欠けているように思われる彼は、他のキャラクターとは異なり、「恐怖」を感じさせる存在だった。そんな彼が一番魅力的に撮られているというのはなんだか不思議だけれど、コーエン兄弟はこういう人間を撮ることで何かを見せたいのだろうか。ゲアを見ていると「ノーカントリー」でハビエル・バルデムが演じた殺人鬼(暗殺者?)を思い出す。もちろん、コーエン兄弟作品を観るのは「バーン・アフター〜」に続きこれが2本目の私は「ノーカントリー」未見だけれど、オスカーをとって話題になった作品だから予告や宣伝は何度か見たことがある。あの予告編のハビエル・バルデムのもっさりのっさりした姿は、本作のゲアとばっちり重なると思う。あくまで予告編を見ただけの印象だけど。そういうわけで、次は「ノーカントリー」を観ることに決めた。

思えば「バーン・アフター〜」はどこに視点を置いて観たらいいかわからないまま終わってしまった作品だった。起こった出来事を「へーそうなの」で片付けるCIAの連中が非情に見えて、この目線で映画を観るのは無理だと思った。一方、本作はフランシス・マクドーマンドの目線で観ることができたから、落ち着いて作品を楽しめたところがある。おかげでなんとなくコーエン兄弟節なるものもわかったし、あと何作か観たらハマりそうな気がする。とりあえず次は「ノーカントリー」。これも解釈はいかようにもらしい。

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